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前半だけのサマー

(中略)

彼女の顔だちは仏頂面でいるときのほうが
きれいに見える、と私は思う。
笑顔はなんだかはかなくて、
見ていてちょっとかなしくなる。

『(500)日のサマー』の主演俳優は
恋をしている人のだらしない顔つきの演技が上手く、
実にばかみたいでよかった。
私がそのことを口にすると、
彼女は言う。

「そういえばうちの夫も
昔ああいう顔してた。
へんな顔する人だなと思った」

あなただってきっとそういう顔してたんだよ
と私が言うと、彼女は首を横に振る。

「それはない。絶対ない。
だって私そういうのよくわかんないもの。
急に踊ったりとか」

あれは映画だ。
しかも空想や心境を示す場面だ。
実際は急に踊ったりしない。

「そんなのわかってる。
でもそういう気持ちになるってことなんでしょう?
私にはそういうの、ない。
だからああいう映画を観るとへんな病気になった人の
ファンタジィっぽい話なんだって思う」

私は少しショックを受け、
そういう気持ちになることないんだ、
とつぶやいた。
ない、と彼女は繰り返した。

「逆に訊きたいんだけど、
ああいうことって
そこらへんにごろごろ落ちてるもんなの?」

わりとごろごろ落ちてる。
いろんな人がそうなる。
強烈なやつだと、世界が変わって見える。
すごく美しく見える。
あまりに世界が美しいので立ちつくしてさめざめと泣く。
そこまでいかなくても、なんとなく楽しかったり、
そのくせすぐ悲しくなったり、
ふわふわっとした気分になる。
そう説明すると、
彼女は心底あきれた顔になった。

「それじゃまるっきり、
ただのばかじゃないの」

ああ、ばかだとも。
恋というのは要するに特定の対象に
わけのない幻想と執着を抱くことなのであって、
お利口のもとであるところの客観性から
どんどん遠ざかるのは必然といえる。
彼女は客観的でおおむね正しく、
だからそのことがまるで理解できないのだろう。

「お話にあるから、
この世にはそういうこともあるんだろうと
思ってたけど、
まさかそんなにたくさんの人が経験しているとはね。
だいたいの人たちは
人情っぽい好意と合理的な判断で
一緒にいるものだと思ってた。
ときどき知っている人が浮かれてたけど、
私にはあんまりそういう心境を
語ってくれなかったし」

よほどのこと仲の良い相手でないと、
あんまり縷々語るものでもない。
なにしろみっともないし、
表現しにくいし、気恥ずかしい。
そんなことより
相手のことをしゃべっていたほうが楽しい。

「でも私にも一回くらい、
そういうことがあってもよかったな」

彼女は顔ぜんぶを使ってくしゃくしゃと笑い、
私をかなしい気持ちにさせた。

全文はコチラ via→傘をひらいて、空を

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